神戸 bar DYLAN マスターの音楽プログ


by bar-dylan
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カテゴリ:Live report( 10 )

BOB DYLAN 2010 ZEPP osaka


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いまさらながら、ボブ・ディランのZEPPのお話。

とにかく狭すぎましたね(笑)。演奏会開始までの1時間、閉所恐怖症の私には神経性の腹痛が驚異でした。大阪15・16日と通ったのですが、両日とも中央・前から2列目、御大との距離3メートル!正露丸必須で耐え抜きました。特に15日の土砂降りには参りましたね、傘も無くずぶ濡れだったのはいい思い出です。070.gif

素晴らしいなと思ったのは、あらゆる世代のファンがきていたこと。私の前、中央1列目は二日とも同じ初老のおじ様。若き日のディランパーマを当てたサングラスの若者の姿も多かった。まるでつれてこられるしか方法の無いような水玉の女の子までが嬉しそうで、なつかしい真っ黒なレジスタンスは照れ笑い。みんなディラン大好きですね、最高です071.gif

ディラン、ふっくらとしていて元気そうだった。

よかったね、みんな、ディランがきてくれて。 いまでも僕はこの時の感動に震えるときがあるんですよ070.gif

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by bar-dylan | 2010-04-28 15:52 | Live report
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いやはや、素晴らしいライブでありました!
年に一回程しか企画されないBar DYLANでのライブを象徴づけるにふさわしい、まっこと素晴らしいライブ。それもこれも、師走の忙しい平日を押して見に来てくれた皆様の熱気がなければ成しえる事叶わず。まず先にお礼申し上げます!!!!

初めての鍵盤楽器ということで、どう音を出すのか打ち合わせもないまま当日までハラハラしてたのです、本当は…。「いつも流しているレコードやらのアンプからラインで拾っていつものスピーカーに出力する方法で」という高岡さんのお言葉に、うーんモニタースピカーじゃないぞ&機材全体的に自信無し。ところがどっこいいい音でましたねぇ。とくにハモンドオルガンの音。あらためて30年前のジャパニーズ・オーディオの質の高さを実感しました…。

こうなるとまず無敵。

第二部ではお二人の関西学院大学のずっと後輩であるというaltosax黒河博文君がゲスト参加。関西で売り出し中の彼もいいソロを聞かせてくれました。写真はそのときのものです。

こうなるとまず無敵。

その時々で無敵になる過程ってやっぱりありますよね、宮地さん、高岡さん!!!!ありがとうございました!!!!!

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by bar-dylan | 2008-12-12 16:25 | Live report
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マリア・マルダーに続いてトムズキャビンが招いたのは、ジェフ・マルダー。マリアの元の旦那さんである。なりそめは、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド在籍時ということなので、もう随分昔の話ではあるが、マリア来日の際に購入した彼女のTシャツをこれ見よがしに着ていった。

エイモス、マリア、ジェフ・マルダーと続けたトムズ・キャビンの麻田さん…。凄いお人です。

ライブはソロの弾き語り。南部の実業家といった雰囲気のジェフは、つかみどころがない…。
真面目な顔をしていたと思ったら、ミッキーマウスのように変な顔でおどけたりもする。

しかし驚いたのが、ギターも歌もお上手だこと。

カントリーブルース、ラグタイム、ジャズ、次々と曲調を変え、心の行き所を変え表現している。(多分独自の)変則チューニングを多用したギタースタイルは、独特の音階を曲に与え、いつもとは違う場所へ導いてくれた。ジェフならではだろう…。彼は今でも素晴らしいパフォーマーだ。

最後に Geoff Muldaur & Amos Garrett - Flying Fish にサインを頂いた。以前、エイモスには頂いてあったので、これで両名のサイン入りの超お宝LPになった。ふふふ…、最高である。

公式HP www.geoffmuldaur.com

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by bar-dylan | 2008-07-30 16:45 | Live report
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マリア・マルダーは生粋のグリニッジ生まれで、ボブ・ディランのNo Direction Home にも長時間にわたりコメントを寄せているとおり、当時の芸術界を地理的にも時間軸的にも駆け抜けた偉大なアーティストだ。

1973年、前に紹介したエイモス・ギャレットがギター・ソロを弾く Midnight Oasis で一躍世界の注目を浴びた彼女。今ではそのかわいらしい面影はどこへやら、貫禄素晴らしいビック・ママになっている。

またもやトムズ・キャビンがそんな私の歌姫を運んできてくれた。

風貌が変われど歌姫は歌姫、やはりパフォーマンスは最高!期待を裏切らないエンターテナーぶり。息切れも演出よとばかり、アンコール "It’s a Blessing" で感涙…。
当たり前なのだが、歌がここまでうまいとは…。

「ボブは私の友達よ」 と私に言いながら、サインしてくれたことも忘れられない思い出になりそうだ。 

マリアの公式HP http://www.mariamuldaur.com/

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by bar-dylan | 2008-07-29 19:47 | Live report
彼女はボヘミアン、自由を愛し流離う女だ。まるで狂っているがやさしくも美しくもある。アヒルのような唇から長い舌をだして、まるで若いときのように叫ぶこともできる。ギターをチェロのように奏でることも、鍵盤を太鼓のように打つこともできる。女王のように家来を体育座りさせ、ピアノに向かい、一人寂しさを歌うこともできる。のどが渇いたら「水」と二度叫び、帰りたくなったら帰る。彼女はボヘミアン、自由を愛し流離う女。

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注意 : 彼女はボヘミアン、幼女のように辛辣で、目をつむってやり過ごす他無し。

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by bar-dylan | 2008-07-24 17:04 | Live report
エイモス・ギャレットという名にたどり着くには、少し時間がかかるかも知れない。大人になり、ふと気付いたときに側にいる、もう随分長く知り合いだった友達のような人。あらゆる季節の変わり目に感じる、あの風のような人だ。恥ずかしながら私自身、彼の存在を強烈に意識したのは、30歳になるかならないかという頃だった。"please send me someone to love" での彼は余りに衝撃的で、閉ざされた氷の表層を溶かす春の光を感じさせた。道を少し戻ってもう一度考え直さないといけないよと、レコード越しに私に微笑みかけた唯一の人。そして今では、私の心の師。

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by bar-dylan | 2008-07-24 16:32 | Live report
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スティーリー・ダン。
東京の府中には『ガウチョ』という焼き鳥屋がある(現存することを祈る)が、トイレに飾られた『ガウチョ』のレコードジャケットを今でも思い出す。酒を飲みながらバンド仲間とスティーリー・ダンについて長々と熱く語ったものだ。
「目指す音楽はこれだ」と。そしてそれは「なぜか」を。
今となれば明確になってしまったが、当時の僕たちにはスティーリー・ダンはまるで哲学的な迷宮に思えたのだ。あらゆる角度からとても難解だった。

「敗者の自分にも名が欲しい」と歌ったオンリー・オリジナルを西宮のリーマンサンと先日見てきた。

感動したのか、醒めたのかわからない。心地よい混乱を僕は感じている。 "

と当時のミクシイ日記で書いた。あれから約1年、心地よい混乱は今でも続いている。

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by bar-dylan | 2008-07-23 17:49 | Live report
エリック・クラプトンのツアーに同行したデレク・トラックス見たさに大阪城ホールへ。

デレクのギターがクラプトンに同調しないことを願っていたが、随分後ろに下がりつつも、やはり強烈・超技巧派なスライドプレーは圧巻。終始彼だけが弾いていれば、ありきたりなポップショウを越えて、やがて異次元の世界へトリップできたはず。まあ、腰を折るかのような、残りふたりのリードでは、テンションも全然あがらずじまい。やっぱり、駄目だわ、クラプトンのライブ…、悲しくなる。
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by bar-dylan | 2008-07-23 17:28 | Live report
レオン・ラッセルという名は子供の頃から知っていた。叔父のカーステレオから流れてくる、彼自身の「ソング・フォー・ユー」は異彩を放っていたし、ジョージ・ベンソンの「マスカレード」はいつも大人の音楽を感じさせた。スワンプ・ロックの雄である彼の素性を知るのは、ずっと後のことである。叔父は少しも言葉で音楽を語った事はない。Bar Dylan を始めるときに聞かなくなったレコードの全てをなんの惜しげもなく私にくれた。そんな叔父が聴いていた青春の音楽が、すべて今の私の始まりである。
あの頃、レオン・ラッセルに会えると思えるはずがない、遠い過去の偉人だと感じていたし、死んでいるかも知れなかった。2005年心斎橋クラブクワトロに現れた彼はまさに亡霊でもおかしくなかった。亡霊でないことを確信したのは、デマチをして地下の駐車場でそんな彼と握手した時だった。妻は滞在先のホテルを聞き出そうとしてくれていた。レイラさんは彼に抱きついて離しそうにもなかった…。レコードを持っていけばよかったなんて思わない、この記憶が私の宝物。
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by bar-dylan | 2008-07-23 16:52 | Live report
お店のHPを圧縮したいが為に始めようと思ったこのブログ。いざとなってみると、過去のデータも紹介したく、結局、思い出話も兼ねて書きなおしてみることにする。
エリック・アンダーソンが我がBar DYLAN へやってきたのは2005年9月8日、もう三年ほど前の事になる。旧チキンジョージでのライブの帰り際、アルバム"Blue River"にサインをもらい、Bar Dylanの名前に反応したエリックにすかさず名刺を渡す。「近くですので、うちあげに是非使ってください」と大先生が流暢な英語で言う。すべてはレイラさんの指揮の下、作戦は無事に遂行された。あとは結果を待つしだい。
まさか、それでもくることはないと諦めた余市の父さんは「あばよ…」と帰宅。まあ我々も半信半疑のまま、とりあえずBar ON THE ROAD で感想戦。ドアをあけると"Blue River"がまさに流れている…、マスター、なんてニクイ演出なんだろuか。お酒はほどほどにして、「そんなまさか」に期待しながらBar DYLAN へ。
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扉を開けると、ムネオが「あっち」という目線を怪訝そうな顔をして送ってきた。奥の部屋に「まさか」のエリック・アンダーソンが座っている。おどろく私たちを彼が笑顔で迎えてくれた(普通は逆なのですが…)。
日本酒で乾杯(エリックのリクエスト)!もう何を話したのか、まったく覚えてない…。が、思い返してみても人生の記憶に残る夢のような一夜だったことは間違いない。

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by bar-dylan | 2008-07-23 15:32 | Live report